夫の行動に違和感を覚えることがどんどん増えていった。でも、私は何もしなかった。見て見ぬふりをした。
理由はいくつもある。
子育てに追われ、仕事に追われ、自分の余裕がなかったこともある。
でも一番の理由は——
私は、夫を心の底から信じていたからだ。
「この人は絶対に私を裏切らない」
「家族を一番に考えてくれている」
「何があっても、私たちの味方でいてくれる」
そう信じて疑わなかった。
むしろ疑うこと自体が申し訳ないとさえ思っていた。
だから、小さな違和感はいつも心の中でそっと押し殺してきた。
それなのに——あの日を境に、私の中で何かが大きく変わった。
私はフルタイムで働いている。
朝から晩まで仕事に追われる毎日。
子どもはまだ小さく、保育園に預けている。
朝はバタバタと準備をして送り届ける。夜は寝かしつけのあと洗濯と翌日の支度。
息をつく暇もない日々だったけれど、家族を守るため、生活を回すために必死だった。
夫の方が出勤が早く、勤務時間も少し短かったから、平日のお迎えは彼の担当になっていた。
二人の子どもなのに、どこか「お願いしている立場」だと思い込んでいた。
それが私たち夫婦の暗黙のルールだった。
そんなある日。平日の午前中、職場に保育園から電話が入った。
「お子さんが発熱されています。できるだけ早くお迎えをお願いします」
よくあることだった。
でもその日は、どうしても外せない業務があった。
私はすぐに夫に電話をかけた。助けてもらうしかない。そう思った。
でも、なかなか出ない。
普段ならすぐ出るはずの夫が、何度コールしても出ない。
「会議中かな」「トイレかも」
そう言い聞かせて一度切ると、少しして折り返しの電話が来た。
「子どもが熱出したみたい。お迎えお願いできる?」
そう伝えたとき——違和感が走った。
夫の声の“背景”、つまり電話越しの音が、あまりにも静かすぎたのだ。
まるで密閉された部屋にいるような、完全な無音。
職場の雑音どころか、人の気配も機械音も何もなかった。
それでも夫は、こう言った。
「……お迎えには行けない」
まるで最初から決まっていたような口調で。
淡々と、感情が抜け落ちたような声で。
問いただしたい気持ちを飲み込み、私は職場に頭を下げて段取りをつけ、保育園へ向かった。
午後から半日休めば、その分の仕事は翌日雪だるま式に膨れる。
でも仕方がない。子どもが一番。
「なんとかなる」「今は私が頑張ればいい」
そう言い聞かせて病院に連れていった。
幸い、子どもの体調は大事には至らず、元気そうな様子に少し安心した。
けれど、私の心にはずっと残っていた。あの無音の電話。
夫は、どこにいたのか。
本当に職場だったのか。
なぜあんなにも“音がなかった”のか。
疑いたくなんてなかった。
でも、あの日を境に、私の中の何かが崩れた。
今まで心の奥に押し込んできた違和感が、一気に現実味を帯びて浮かび上がった。
——私は、夫を調べようと思った。
信じたかった。信じ続けたかった。
でも、もう無理だった。
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