調査開始までに、とにかく情報を集めることに徹した。
こっちに“手応え”がなければ、調査は空振りになるかもしれない。
警戒されれば、証拠を消されてしまう。
そうなる前に、自分でできることは全部やっておきたかった。
「スマホは見ないほうがいい」
「見たら戻れない」
そんな声があるのも知ってた。
だけど、私にはどうしても情報が必要だった。
夫のスマホのパスコードは、前から知っていた。
盗み見たわけじゃない。
夫は私の隣でよくスマホを操作していて、その指の動きが自然に視界に入ってしまっただけだ。
うちは夫と私、子ども二人の4人で同じ寝室に寝ている。
私は子どもを寝かしつけたあと、一人で起きて仕事をすることが多かった。
眠りは浅く、夜中の物音にも気づく。
ある晩、夫が寝息を立て始めたのを確認して、そっとスマホに手を伸ばした。
部屋は真っ暗。
画面の光だけがぼんやり浮かんでいる。
静かにパスコードを入れて、LINEを開く。
並んだトーク一覧の中に、気になる女性の名前があった。
イニシャルの表示名。
アイコンはシンプルなイラスト。
そのトークを開いた瞬間、胸の奥がずしっと重くなった。
削除はされていない。
履歴はそのままだった。
やり取りは一見、淡々としていた。
仕事の相談、日常の話、弱音。
恋人のような甘いやり取りはない。
でも、何度も会っている空気が、文章の隙間からにじみ出ていた。
ある日のメッセージ。
「今、〇〇駅出たらそっち向かうね。」
「いつものところで待ってる。」
別の日にはこんなやり取りもあった。
「さっき△△さん見かけたかも。時間ずらそっか。」
「そだね、5分だけ待ってから行くね。」
——知り合いに会わないように、時間をずらしてた。
ただの同僚じゃない。
友達でもない。
“隠している”という事実が、関係の色を決めていた。
脳裏に、カウンセラーさんの言葉がよみがえる。
——女の勘は100%当たります。
その意味を、今まさに体感していた。
私は冷静にトーク履歴を最初までさかのぼる。
初めてのメッセージの日付を確認した瞬間、全身が凍った。
その関係は——約5年前から続いていた。
浮気は、派手な言葉から始まるわけじゃない。
むしろ、ごく普通の会話に滲む「違和感」こそが兆候だ。
待ち合わせのやり取り。
知人に会わないように時間をずらす小さな工夫。
それはもう、ただの関係じゃない。
気づいたときには、長い年月が過ぎていることもある。
そして私にとっては、あの夜スマホを開いた瞬間が、すべての始まりだった。
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