「夫のことを、ちゃんと確かめてみよう」
そう思った。
あの電話の向こうは、どうしてあんなに静かだったのか。
夫は、本当に職場にいたのか。
今まで感じてきた違和感は、本当に私の気のせいだったのか。
知りたい。
そう思った。
でも――
実際に動き出すまでには、かなり時間がかかった。
「調べる」どころじゃなかった
理由は単純。
私には、そんな余裕がなかった。
ちょうど仕事の繁忙期に入ってた。
毎朝、子どもを早朝保育に預けて、そのまま仕事へ。
帰ってくるのは20時を過ぎることもあった。
そこから夕飯を作る。
子どもに食べさせながら洗濯機を回す。
片づけて、翌日の準備をして、子どもを寝かせる。
やっと一日が終わった。
……とはならない。
そこから持ち帰った仕事。
気づけば、また次の日が始まる。
そんな毎日だった。
夫が何をしてるのか。
どこに行ってるのか。
気にはなってた。
でも、そんなことを考えてる時間すらなかった。
家のことは、ほとんど私がやってた
家事。
育児。
地域の役員。
生活に必要な手続き。
近所づきあい。
気づけば、家庭のことのほとんどを私がやってた。
夫にお願いしてたのは、保育園のお迎えくらい。
それ以外は、
「私がやるもの」
って思ってた。
フルタイムで働きながら、家のこともやる。
子どものこともやる。
今振り返ると、
「よくやってたな」
って思う。
でも、そのときの私は、それが普通だと思ってた。
というより、
普通だと思わないと、やってられなかったのかもしれない。
私が頑張れば、家庭はうまくいくと思ってた
私は夫のことが好きだった。
愛してた。
だから、仕事から帰ってきた夫には、家ではゆっくりしてほしいと思ってた。
温かいごはんを用意したい。
疲れてるなら休ませてあげたい。
子どものことも、私ができるなら私がやればいい。
「私が頑張れば家庭は回る」
「夫を支えるのが私の役目」
本気でそう思ってた。
だから、自分が疲れてることなんて後回し。
しんどくても、
「みんなこんなもんだよね」
って思ってた。
それでも、モヤモヤだけは消えなかった
忙しくしていれば、夫のことを考えなくて済んだ。
朝から晩までやることがある。
考える暇なんてない。
だから、あの電話のことも、いったん頭の隅に追いやった。
でも、忘れたわけじゃなかった。
ふとした瞬間に思い出す。
あの静けさ。
夫の声。
「お迎えには行けない」
あの言葉。
そしてまた思う。
あのとき、どこにいたんだろう。
でも、そこで思考を止める。
考えてる場合じゃない。
洗濯しなきゃ。
明日の準備もしなきゃ。
仕事もしなきゃ。
そうやって毎日の「やること」の中に、自分の気持ちまで押し込んでた。
気づいたら、食べることで埋めるようになってた
そんな生活を続けてるうちに、体にも変化が出てきた。
いつからだったのか、はっきり覚えてない。
でも、食べる量が増えてた。
疲れて帰ってきて食べる。
子どもが寝たあとにも食べる。
お腹が空いてるのかどうかも、よくわからない。
ただ、食べてると少しだけ気持ちが落ち着いた。
気づけば、妊娠していた時期を除いて、過去最高の体重になってた。
それでも、そのときは深く考えなかった。
「最近食べすぎてるな」
それくらい。
今振り返れば、かなり無理してたんだと思う。
でも、当時の私は自分が無理してることにすら気づいてなかった。
夫を疑う自分と、信じたい自分
夫のことが気になる。
でも、調べられない。
というより、本当は調べたくなかったのかもしれない。
夫を疑ってる自分が嫌だった。
「この人はそんなことしない」
そう思いたい自分もいた。
でも、
「何かおかしい」
って思ってる自分もいる。
どっちが本当の気持ちなのか、自分でもわからなかった。
泣きたいのか。
怒ってるのか。
怖いのか。
それすら、よくわからない。
ただ毎日、やらなきゃいけないことをこなしてた。
それでも、あの電話だけは忘れられなかった
時間だけが過ぎていった。
夫はいつも通り仕事に行く。
私も仕事に行く。
子どもたちを保育園に送って、迎えに行って、ごはんを食べて、寝かせる。
表面上は、何も変わってない。
でも、私の中では何かが変わってた。
もう完全には、元の気持ちには戻れなかった。
そして、どれだけ忙しくても、
あの電話の向こうの静けさだけは、ずっと心のどこかに残ってた。
「夫は、あのときどこにいたんだろう」
その疑問だけが消えなかった。
そしてしばらくして――
私はとうとう、
「やっぱり確かめよう」
と思うことになる。
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